logbog 旅するように生きる

1993年生まれ。高校生で摂食障害発症。今も自分の心地よい生き方を模索しながら小規模多機能居宅介護施設で作業療法士してます。

引いたり入り込んだり。

私はよく家の近くの蔦屋書店に休日や仕事帰りに行ってはコーヒーを飲みながらそこにある本たちを読んだりする時間を大事にしている。

そこでは期間限定で何かテーマに合わせて本を紹介するブースがある。

毎回、旅やコーヒーについて等自分が大好きなテーマが多いので私は蔦屋書店に行く度にこのコーナーを楽しみにしている。

先日もそのコーナーを楽しみにしながら蔦屋書店に向かうとその特設コーナーに「家族の風景、虐待の現場」というコーナーが出来ていた。(11月は児童虐待防止推進月間らしい。)それを見たとたん、私は「蔦屋書店さん。毎回ホットなコーナーをありがとう」と思った。というのも、私は最近、自分にとって大事な人や友人から社会的養護のことを話で聞いていてとても興味がある分野だったからだ。しかもその日は私がsoarというメディアで読んでからファンである児童養護施設等を退所した人たちを後方支援する「アフターケア相談所『ゆずりは』」の所長である高橋亜美さんと写真家である川内倫子さんのトークショーがある事を見つけ「今日、ここに来た私は天才ではないか」と思いながら即申し込んだ。

www.acyuzuriha.com

soar-world.com

2人が対談する事になったきっかけ

トークの始まりは2人対談するきっかけから始まった。

高橋亜美さんがゆずりはで働く前に9年間自立援助ホームと呼ばれる施設で職員として働いていた。そこで働いていた高橋さんはしんどい時などよく近くの喫茶店で休憩をしていてそこで読んだ雑誌で川内倫子さんの写真に出会い心が救われたそう。そこから高橋さんは川内さんのファンとなり今回初対面で2人の対談となった。高橋さんは川内さんの写真を見たときの感想を「暖かさの中に寂しさがあった」と話していて、今回の2人のトークはそんな風に0か100のようなジャッジされないトークで、私にとっては聞いていてとても心が救われた。

「世界ってなんだろう」

写真家である川内倫子さんは写真集を作製する時やエッセイを書く時、「世界ってなんだろ」という事を意識していると話した。写真集を作製する時もエッセイを書く時も「色んな要素を入れたい」「だって社会は色んな側面をもっているから。いい悪いじゃなくてそれが世界」と話していて私はこの川内さんのトークにとても惹かれた。

川内さんは子供が生まれてから書いたエッセイ「そんなふう14」で↓のような事を書いた話をしていてこのエッセイの中にも

「子供と一緒にいると、すれ違う人によく笑いかけられる。初めて会った、ただすれ違った他人と距離がぐっと縮まり、ほわんとあったかい空気が流れる。」

と東京でも子供を連れていると、他人との距離を近づける「暖かさ」と、逆に子どもを連れていて「悲しくなった気持ち」の両方を書いている。

川内さんは「悲しかったですけど、自分がもしも疲れている時に、駅の狭い階段で逆行してくるベビーカーを持った人が来たら、ちょっと邪魔だなあと、ちらっとでも思うかもしれない」というような事を話していて、どっちがいいとかでなく人間てそんなもんですよねと俯瞰している様子がとてもかっこよかった。

 

milkjapon.com

  自分との境目

トークに中でファシリテーターの方が高橋さんに対して色んな人のケアをしていて「むかつく」とか思ったりしんどくなったりイライラしたりすることはありますかというような質問に対して「ありますよ(笑)」と高橋さんは話しながら「でも自分のそういう感情を置き去りにしないようにしてます。そこを受け止めないと相手の言葉の裏にあるものとか探ったり俯瞰できない」というような事を話していた。そして「だって自分の感情置き去りしても、どこかで残るじゃないですか。感情って。子供の頃のトラウマとかも。置き去りしても後からどこかで返ってくるんですよ。でも残ってもいいものだと思ってる。特に子供の頃とかはその感情をどう処理していいかわからない時もあるじゃないですか。」と話した。

 

私は介護の仕事をして4年になった。その中で「不安」という感情を罵声や暴力で表出するばーちゃんのケアが続くとしんどくなる。言葉だって偉大な暴力だ。ずっと聞いているとだんだん心にぽっかりと傷が出来た。そしてそんなしんどさを置きざりにして「仕事だから」とか「ケアだから」とか「こうやって表出してるばーちゃんが1番しんどいんだ」とか思いながらただただ聞くことしかできなくなっていた。そんな風にしていたら、ばーちゃんの罵声や暴力の裏にある不安の本質を探る余力がなくなってきてばーちゃんと関わる事が「ただしんどい」としか思えなくなってしまっていた。そして1日中そのばーちゃんの不安に向き合ったある日の仕事の休み時間、休憩部屋に入ったとたん「わっ」と涙があふれ「あ。このまま休憩から戻りたくない」となった日があった。そこから上司と相談し他の理由もあったがいったん休憩として3か月前から常勤からパートになった。その時に上司にしんどさを話したことで自分の感情が処理できたのかそのばーちゃんの罵声や暴力の裏にある「自分が忘れていく不安」や「旦那さんが弱っていく不安」「スタッフがいなくなる不安」など色んなばーちゃんの不安に目を向けられるようになった。でも私はどこかでパートになったのは逃げだよな。とか引け目に感じる3か月でもあった。でも高橋さんのファシリテーターの質問に対しての言葉やその後、高橋さんが話した「受け止めなきゃとか受け止め続けるのはしんどい」「全部できなくてもいい」という言葉に救われた。

 

そんなトークから川内さんは「家族とか密な関わりになるほど自分との境目が分からなくなる」「子供も1人の小さい人間で個と個なんですよね」と話した。

川内さんは「写真を撮る時に引いてみたり入り込んでみたりするように、家族のかかわりも似ていてたまに出張行くとその間、子供のことを見てくれる夫のありがたみを感じる」と話していて「家族との関係が行き詰ったときはちょっと引いてみるようにしてます」と話した。

他にも川内さんは子供が生まれて幸せなはずなのに子どもがすぐ泣き止まない事が続いたり子供と自分だけの世界が続いた時、幸せよりもしんどさが増し、気持ちがマイナスになったことがあるそう。そんな時、ママ友たちの言葉がプラスの気持ちに引き戻してくれたと話す。

高橋さんと川内さんは虐待だってそんな風に引き戻してくれる人だったり引き戻してくれるきっかけがあるかないかで紙一重でだというようなことを話した。

今でも家のある岐阜からゆずりはのある東京国分寺まで新幹線で通勤している高橋さんは「ほんと子育ては母親がするものとか気持ち悪いですよね。(笑)。父親だって近所の人だって誰でもいいはずなんですよ。」と話した。

高橋さんは以前、歩いていた際に子供の顔をビンタしている母親に出会った話をしてくれた。高橋さんはこの仕事をしていてもなんて声かけていいのか悩んだと話した。母親を責めたりはしたくないけど子供も助けたい。分からないけどどうにかしたいと話しかけた高橋さんに対しそのお母さんは「関係ないだろ」と話し、去って行ってしまったという。自分が話しかけた事で家で子供はお前のせいで変な人にはなしかけられたとか余計暴力にあってるかなとか考えるし自分の声かけが良かったのか今でも高橋さんは分からないという。でも声をあそこで声をかけなかったらもっと後悔していたと思うと話した。

 

2人の話を聞いて私は世の中、色んな側面を持っていてどれがいいとか悪いとかじゃないと改めて感じた。

私は自分が大事な人たちが困っていたりすると力になりたいとか思う。でも自分の関わりが無力だったり逆に傷つけてしまったとき、ちょっと落ち込む。

でも2人の話を聞いて世の中は自分と相手の世界でもなく色んな人が色んな世の中と関わっていて自分の関わり方が正解かは分からないけどもしかしたら相手は他の世の中との関わりで変わる事もあるし、いろんな人が周りの人に関心を持ち続けることが大事なのかなと思った。何が正解かなんてわからないけど正解を求めたり正解に追われる世の中でなくこっちもありだし、こっちもありだよね。みたいな世の中に「ゆとり」が生まれてそんな余白の中で何かのとっかかりで今生きづらさを感じている人がちょっと生きやすい価値観に出会えたらいいなと思った。

「偶然会う人はメッセージ」

川内さんはトークの中で「偶然会う人はメッセージと思っている」と話した。私はこの言葉がとても響いた。私が今生きれているのはまさしくこれで、今まで自分ではどうにもできなくなったとき色んな人に引き戻してもらった。

どうしても私は心の元気がなくなったりすると内に籠ろうとして余計に自分だけの世界になり負のループにはまる。だからこそ、行き詰ったときに行ける心地よい居場所をたくさん持ったり運動とかで発散したりなるべく殻にこもりすぎないように気を付けようと思った。もちろん内省する時間も必要なんだけど。

そして偶然出会ったこのトークショーも私にとってはこんなふうな事を改めて振り返る時間をくれた大事なメッセージなんだろうな。